-TUNNEL- 文化と外側を繋ぐトンネルへ。

音楽、映画が中心。文化とその外側とつなげる視点をつくっていきたい。

"エディトリカル・ギター"と、マシンと身体性の相互作用について。〜コーネリアス、Mura Masa、マイルス・デイヴィス〜

ちょくちょく「エディトリアル・ギター」について考えてる。

といってもこの「エディトリアル・ギター」とは僕の造語で、そのまま言い換えると「編集チックなギター」という意味になる・・。

とにかく「エディトリアルギター」という言葉を通して僕が考えているのは、
作曲現場におけるコンピュータの導入以降、"ギターを演奏する" という行為の中身が大きく変容したのではないか、
マシンと身体性が有機的に混ざりあった、新しい身体感覚による演奏が生まれているのではないか、ということだ。

そんな人力か非人力かという単純な構図から抜け出した多元的なギター像をエディトリカルギターと呼称して考えている。
めちゃくちゃな暴論かもしれないが、エディトリカルギターにおいては、コンピューター上でのギターの音の編集作業すらも「ギターを弾く」行為に含めてしまうのだ。
まず、エディトリカル・ギターについての説明をしつつ、曲作りにおいての「作曲」と「編曲」の関係性を伝えたい。




まず、「作曲」段階について。
作曲は " 骨格づくり " のようなものである。
そして、
録音したギターの音をコンピューター上でエディット(イコライザーによる無駄な周波数帯カットや、エフェクターの設定)したり、
他の音とのバランス(音量、対位の調整)を考えていく。
この段階が「サウンドメイク」、「編曲」にさしかかる工程であり、音の " 着色 " 作業に近いかもしれない。

従来の流れとしては、作曲(作詞)→レコーディング→エディット(調整、編曲)は直列作業であり、
そのつどで頭を切り替えなければならない。

また、スタジオではレコーディングの場所とエディットの場所があまりにも物理的に離れているので、否が応でも録音と編集作業を切り分けて進めなければならない。


それにたいしてエディトリアルギターとは、実演奏(作曲工程)とエディットを同時並行で進めるうえでのギターの演奏法のことだ




この同時並行のフロウによって、 " 着色 " であるサウンドメイク・編曲工程が、 " 骨格 " づくりである作曲工程に
踏み込むようになった。


例えば、リバーブやディレイやディストーションのような音を増幅できるエフェクトをギターに与えたとする。
するとギターの音が過剰に空間を埋め尽くしてしまうため、音の埋もれを解消するために音数を減らす対処をしたとする。
つまり、音にエフェクトをかけるという編集によって、音数を減らす=メロディの変化をせざるを得なくなったという訳であり、
まさにサウンドメイク= " 着色 " 作業が、メロディという " 骨格 " に影響を与えている。

あるいは、ピッチ加工やクオンタイズによるズレ補正、音のカット&ペースト、AIによる自動の音像調整など、さまざまなエディットやエフェクターを通せば、
録音したギター音の原型から遠く離れたまったく違うサウンドやグルーヴを作り出す事が可能で、
この生身では不可能なエディットによって生まれるマシナリーなグルーヴが歌の "骨格" やギタリストの身体性に大きく影響するのは当然である。
コンピュータによる制作現場においてさまざまな選択肢が生まれてしまった以上、ギターを手に持っている最中にも、
加工後の音を想定した上での音数の増減やピッキングの強弱を調整した演奏が常に求められる。


いっけん表面的な音色作りという作業も、歌の骨格にあたるメロディ作りとかなり密につながっている。
ぼくが言うエディトリカルギターとは、そういった「作曲」と「編曲」の関係を前提とした
「のちのコンピューターでの編集作業で生じる音の変化を踏まえたうえでの生身の演奏」のことを指している。

「無音」の表現を例にしてもわかりやすいかもしれない。ギターでミュートを実現させるには指で軽く弦に触れれば可能だ。しかしコンピュータを持っているなら、
録音したギターの音をパソコン上で波形化して音量を-0dbにする、という選択肢もある。
どちらの手段を取っても無音は生まれるがニュアンスは大きく異なるはずで、そこの区別を大前提としてどう演奏するのかを考えることが
編集者による編集的なギターだと考えている。


ここで、「エディトリアルギター」はサンプリング技法を踏襲して生まれたものであることを、Corneliusの楽曲を挙げて分析していきたい。
imdkm著『リズムから考えるJ-POP史』(2019年、株式会社blueprint)、「サンプリングからエディット/カットアップへ」の章において
重要なトピックが投げかけられているのでそれを引用したい。

重要なのは、1990年代におけるサンプリング、ないしDJ的な感覚から、DAW(デジタル・オーディオ・ワークステーション。音楽制作用のさまざまな機能をそろえた総合的なソフトウェアの総称。)上でのエディットやカットアップへの方法論的な転換であると考える。

・・・引用者による省略・・・
Avalanchesが、2ndアルバム『Wildflower』を発表するまでに16年もの歳月がかかった一因には、サンプルのクリアランスの問題があったからとも言われる。
そこで、2000年代に入ると、サンプリングを得意としていたミュージシャンが方向性を変える例が相次いだ。
その最たる例がCorneliusが『FANTASMA』(1997年9月3日リリース)から『POINT』(2001年10月24日リリース)で辿った変化だろう。
既存のサンプルを組み替えるのではなく、自身の演奏を含めた音源をProToolsなどのDAW上でエディットするようになり、サウンドとしても意味としても
過剰さに溢れていた『FANTASMA』からミニマリスティックなアプローチが光る『POINT』へと変化したのだ。(p.118-120)

本書のこの章ではサンプリング手法のもつ、元の楽曲のグルーヴと文脈や歴史的背景を取り出しそれを残した上で新たな楽曲として再構築するという性質、
これにつきまとうクリアランス問題を乗り越えるために、サンプリングから抜け出しエディット中心の作曲へ方向性を変える流れがあったことが記されている。

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ここでCorneliusの楽曲を聴いてみてもらいたい。ギターがふんだんに盛り込まれているがこれらは生演奏では決して生まれない音だとわかる。
どういうことかというと、まず、自然に存在する音は基本的に減衰音である。音の正体となる空気や物質の振幅はしだいに小さくなりやがて止まる、
つまり必ず余韻が存在する。
それに対してCorneliusのギターは余韻がない。なぜなら、録音したギターの音の余韻部分をコンピューター上カットしているからだ。
余韻がない音は自然には存在しないためかなり人工的な印象をもつ。だからこそCorneliusのギターは実演奏では再現不可能なのである。

そこでぼくの頭に「どういうつもりでギター弾いてんだろ?」という疑問が浮かんだ。
ギターを弾くのは気持ちいい。ギターが好きならばバイヴスに任せていつまでも感情的に弾いてしまえる、だけどあえて一歩引き下がったところで
冷静にギターを弾いてるような態度がこの曲からうかがえる。
それは、のちのちに「どのタイミングでギターの音をカットするのか」「ギターらしいエモーショナルをどの程度垣間見せるべきか」といった
曲じたいの完成像へ忠実に近づけたいという理性が先立っており、必要分量だけのギター音の素材を用意するためだけにギターを弾いているような態度がある。

あくまでギタリストではなくプロデューサーとしてギターを弾く。これは音色のみならず、ギタリストがギターに載せるエモーショナルすらも
「素材」として取り扱おうとするクールさゆえのギターの音の扱い方であり、この点においても、
実演奏と編集が完全に融和したギターの演奏法が見られる。
エディトリカルギターには、音色も文脈も感情も「素材」と見なすサンプリング的な発想が根幹にあり、
だからこそ実演奏という身体性に依存しすぎる事がなく、エディット的視点が並行して保たれているのである。
まるで、ビートを打ち込むようにギターを弾いているようである。


他にもカニエやムラマサ、テームインパラ、エイサップロッキーらの楽曲に登場するギターサウンドはまさにエディトリカルだと思う。
Mura Masaの新譜『R.Y.C』の楽曲を聴いてもらいたい。

www.youtube.com


ギター特有のエモさをある程度保ちつつ、決して他の音色への邪魔も隣の音域への侵食もしない、徹底的に整備されたギターが鳴らされている。
この整備されたギターのバランス感覚はコンピューター上での編集作業の賜物だが、同時にポストロックや「音響派」らの土壌で培われたギターの扱い方が感じられる。
それはつまり、Protoolsのような楽曲制作ソフトがスタジオに導入されたことで多様な音色を取り入れることが可能になってしまったがために、
いっそう各音色たちのバランスと均衡が求められ、「音色そのもの」よりも「音色と音色の響きあい混ざり合う汽水域」な空間へ
クリエイティヴィティがフォーカスされた背景で生まれたギターサウンドのことである。
ギターの音に心酔しつつもどこかクールに俯瞰し、音同士のあいだの空間と関係性に注目した編集者としての立場がMura Masaのギターにも感じ取られる。




ここまでエディトリアルギターについての特徴をまとめると以下のようである。
・作曲(歌の"骨格づくり")と編曲("着色"、"肉付け")が同時並行である
・のちのコンピューター上での編集作業による音の変化を踏まえたうえでの生身の演奏
・実演奏という身体性に依存しすぎない態度
・音色も文脈も感情も「素材」と見なすサンプリング的な発想が根幹にある
・必要分量だけのギター音の素材を用意するためだけにギターを弾いているような態度


そしてここからが本題である。
しょっぱなに書いた、"演奏の中身が変容したのではないか" "マシンと身体性が有機的に混ざりあった、新しい身体感覚による演奏が生まれているのではないか"、
という問いについて踏み込みたい。


改めて「エディトリカルギター」とは、身体性に依存しなければ生まれないヴァイヴスと、パソコン上でのエディット作業でなければ生まれないヴァイヴスを区別せず有機的に絡めてからやっとこさピックを握る。そういった態度から生まれるギターを意味している。

しかし、そのような作曲と編曲を同時に行う感覚は目新しいものではない。直近だと(それでも8年前?)、中田ヤスタカの「五分の曲って五分で作れる」発言があり、
その前にもYMOはいちはやく作曲、アレンジ、演奏を並行で進めるスタイルを確立したし、
そのスタイルのコモディティ化として90年代に中村一義を初めとする多くの宅録ミュージシャンの手によってベッドルームレコーディング文化が生まれている。


その過程で、「ギターを演奏する」行為の内実が変容していった過程に注目したいのがぼくの目的である。



ギターの「演奏」とはつまり、
「指板上で適切なフレットの位置で弦を押さえる」、「もう片方の手で、あるいは握ったピックで適切な弦を弾く」操作の連続である。
しかしエレクトリックギターが生まれてからはどうだろう。そこにさらに「ツマミを調整する」、「ペダルを踏む」といった操作も加わった。

そしてぼくは、ギターそのものの「演奏」とエフェクターの「操作」という二つの行為を 分けて 捉える事を適切ではないと考える。

なぜなら「ギターの弦を爪弾く」タイミングと「エフェクターのペダルを踏む」タイミングが音を生み出す上で密接に結びついているのだ。

このときの演奏者は、ギターの「演奏」とエフェクターを「操作する」を直列作業で行なっているかといえば、決してそうではないだろう。
「弾く」行為とエフェクターの「操作」を並列で処理しながら音を奏でているはずである。
だからこそ、ギターを「弾く」作業とエフェクターを「操作する」作業は有機的に絡み合うことで、
エレクトリックギターならではの自由な音像変化の機微に富む音が奏でられる。

ならば、エフェクターの「操作」すらもギターの「演奏」に加えるべきなのではないだろうか?
コンピューター上での「エディット」「編集作業」すらもギターの「演奏」に加える事が可能ではないだろうか?
それはつまり、コンピューターが行うあらゆる電子的な演算処理能力すらも身体感覚の一部に取り入れているではないだろうか・・・?

エディトリカルギターと銘打って主張したいのは、ギタリストの身体感覚の拡張性についてである。

ギターの演奏の前後に、コンピューターによるエディットが行われるようになった今、
ギターの「演奏」と「ピッチの調整」や「周波数帯の調整」、「強烈な音像変化」といった「エディット」すらもギターの
「演奏」の一部になった、ひいては、コンピューターの持つ計算能力を身体の一部にしてしまったのだ。


ただ、この大きな確変はProtools登場から遡って20世紀初頭(諸説あるけど)、エレクトリック楽器が生まれたタイミングにも起きている。

例えば、70年にリリースされたマイルス・デイヴィスのジャズアルバム『Bitches Brew』では(本人はジャズに区分されることを嫌うだろうが)、
トランペットをワウペダルに繋ぐ事でエレクトリック・ジャズを展開し物議を醸した。そしてこの作品に内在する革新性をプレイヤーシップに寄った
視点で自分なりに説明すると、
エフェクターを導入した事により「ワウペダルをどれくらい踏むのか」という電子機材への操作のさじ加減とタイミングが
本来のトランペットの操作である「マウスに息を吹き込む」タイミングにモロに大きく関わってしまっている為に、
「曲展開に合わせパラメータを変更する」行為すらも「トランペットの演奏」内部へと取り込んだ、この変化にある。

少なくともアコースティック楽器からは生まれない音の動きだし、ということはアコースティック楽器とは違った操作が求められるのは当然、という
当たり前な話をしている訳だけど、
エレクトリック楽器やコンピューター上での作曲ソフトウェアなど、
新しいテクノロジーが生まれた事で「演奏」の意味が拡張された、ソフトウェアのもつ演算能力さえも体に取り込むことで、
プレイヤーの身体感覚が拡張されている、この変化を見逃してはいけないのではと思っている。




最後に、なぜぼくがエディトリアルギターという言葉を用いて、「演奏」の意味が拡張されたことや、新たなギターの演奏スタイルが生まれたことを
ウダウダと考えるようになったのか、そのきっかけを書きたいと思う。



それはぼくが大学で1年間マンドリンギター同好会に所属していたときの経験である。
そこで最も苦戦したのは、「五線譜を見ながらギターを弾く」事だった。
ぼくは高校時代からギターを弾いていたが、その時アテにしていた楽譜はもっぱら「TAB譜」だった。
TAB譜とは、ギターの弦6本に連動した線がそのまま6本並び、そこに音符の代わりに指板のフレット数が表記された楽譜である。
そのため、音程を読み取り→指で弦を押さえるまでの流れがスムーズで、まさしくTAB譜という記録媒体とギターの”互換性”はかなりバッチリと言える。
対して五線譜はドレミの順に並んでいるため、同じくドレミの並びを持つ鍵盤楽器との相性が抜群である。
となってくると、「五線譜」と「ギター」の互換性はかなり最悪だと言える。なぜなら五線譜では音階は下からドレミの順番に表現されるが、
ギターのドレミの配置は(ある程度規則性はあるけど)かなり複雑である。
例えば、鍵盤上では両手指3本で終わるような構成のコードも、ギターの構造で奏でるとなるとなぜか指2本で完結したり、
マジで指4本駆使しなければならなかったりする。
そんなこんなでマンドリンでは、五譜譜の情報をギターで出力するためにフォーマットを変換するみたいな処理能力をそこそこ鍛えられた。

翻ってコンピューターで楽曲制作するとなると、大概の処理能力をソフトに任せられる。例えば、鼻歌を五線譜で表記するにもソフトを使えば一瞬で済む。
けれど、コンピューターがなければ鼻歌から楽譜を書き起こす作業は自分の頭を使わなければならなかった。
つまりDTMは、ほんらい自分の身体感覚を用いて行っていた変換処理を外部委託できる環境である。

そして今となっては、パソコンの持つ演算能力を「外部」に位置付ける事もめちゃくちゃ的外れだと思う。
コンピューターが、ソフトウェアが持つ計算能力すらもからだの一部に含まれてしまった。
それに気づいたとき「コンピューターの持つ変換能力を血肉化したうえで演奏されるギター」に可能性を感じて、
なにかぼくの中で言語化しないといけない!という衝動に駆られ、
アコースティックギターでもなくエレクトリックギターでもなく音響派のギターのつぎの系譜として、エディトリアルギターを思いついたのだった。

「そうじゃなかった歴史」について。ビートルズと小松左京

先々月、おなじ部署の直属の上司が辞めていった。
その上司は器用で要領がよくて頭の切れる人だったけど、キツすぎる性格から職場ではかなり浮いた存在でだいぶ嫌われていた。
だから辞めていなくなった時には、ぼくの部署の人たちは惜しい思いをしていたが、職場全体としては清清したというムードだった。
それに同調するか、辞めていった上司の肩を持つかでぼく自身の性格がわかるなぁと思っていたけど、
そのどちらでもなく、「もし辞めていなかったら、仲良くやっていたら職場はどうなっていたか」を考えていた。
(いやどっちかというと上司を支持してたけど)

当たり前だけどぼくたちの歴史は一つしかなくて、いまここでぼくたちの目の前に広がる世界こそが”正史”である。

正史とは常に選択の積み重ねであり、あらゆる種の遺伝であり、勝者や為政者たちの歴史であり、つねに彼らの言葉によって記されたものである。
ぼくたちの歴史はまさに、生産によって紡がれる「種」の系譜である。
そしてとうとう正史にはなり得なかった、「上司が辞めなかったかもしれない世界線」は「そうじゃなかった歴史」であり、
「種」の系譜に対して「排泄物」たちの系譜の一部になってしまった。

じゃあ「そうじゃなかった歴史」や「紡がれなかった系譜」たちはどこに行ったのか。そんなことを考えている。

たとえば、まるでミディ=クロリアンのように空気中のいたるところに存在しているのか、
あるいは宇宙のどこかにあると言われる、この世のすべての出来事を記録した図書館 = アカシックレコードにもう記されているのか、
あるいは「二次創作」というかたちで出回っているのか、
あるいはすべての歴史にアクセスすることは決して許されないとして「結晶星団」の中に"造形主"によって極秘に封印されているのか。
とにかく、正史以外の歴史を体験することは
タイムマシーンで時間を巻き戻して過去をやり直さない限り僕たちにはできない。
でも考えることはできる。


そんなシュタインズゲートやギャルゲーのようなことを考えているのも今とは違う現実を望んでいるからではなく、
ちゃんとしたポジティブな動機からきている。
「そうじゃなかった歴史」たち、この正史から見逃されたり排除されたり評価されなかった文化を見つめ直すことで、
いまここの現実に起きているあらゆる文化やシステム的行き詰まりの解消を目指すとか・・・。

そんな高尚な動機でもなくて、ぼくにとってはただ「音楽史」に対する問題意識であり、
広く共有された正史とは違った歴史観から音楽史の系譜をとらえることで得られる新たな発見や興奮や感動のためである。


たとえば現在のイギリスの音楽シーンをあげたい。自分なりの言葉で批判的にいえば(一部のひとは不愉快に思うかもしれませんが)、
少なくとも20世紀まではメディアも国政も一丸となってビートルズの幻影を追い続け、ビートルズ的価値観をひたすら再生産し続け、
「imagine」とヒッピーカルチャーでマインドセットされた左翼思想が生まれたという正史がある。
そして新しく生まれた作家たちを「ビートルズ的なミュージシャン像」に当てはめることでしか評価できなかった批評史がある。

しかしその背後には常にアシッドハウスや地下、ルーフトップパーティやレイヴ、サウンドシステム文化、ダブ、
アフロやレゲトンミュージック、そしてグライムといった系譜たちがいた。
ブリットポップという巨大なムーヴメント一色だったとき、まさしく「そうじゃなかった系譜」たちもそれぞれのコミュニティで隆盛していた。


そして、今のイギリス出身ミュージシャンたち(King KruleやJamie isaacらのようなブリットスクール出身アーティスト)や、Sampha、Kamasi Washingtonらを巻き込んだ『Everthig Is Recorded』(2018) のようなポスト・ジャンル的な交流による作品群、
それを企てたリチャードラッセルが主宰するXL Recordingsに所属するThe XXの登場、このバンドと同時期にクラブシーンからうまれたJames Blake、その彼を中心としたダブステップの系譜がソーシャルメディアに乗っかり海を越え今のMoses SummnyやSolangeや韓国のHYOKOHたちを生むひとつになった。
というような系譜に対して、先のミュージシャン達がたとえ”ロックバンド”という形態をとっていたとしても、
正史として鎮座しつづける”ロックの文脈”だけでは、正確に作品の立ち位置を捉えることも新たな発見やさらなる音楽的な気持ち良さを得ることは難しい。
という現実に直面してから、正史に対する批判的な態度が自分の中で強まった覚えがある。
もはやアクモンはグライムの文脈で語るべき、という指摘すらある。




そんな「見逃されてきた系譜」をぼくがつよく意識するきっかけは明確にある。
ハッキリとしたきっかけとして、2つの書籍との出会いを紹介したい。


1つは小松左京という小説家の作品群。
名前に聞き覚えがなくても「日本沈没」を書いた人だといえば親しみが湧くかもしれない、SF小説の元祖と呼べるようなSF作家であり
常にリアリティのあるSF描写を通して「そうじゃなかった歴史」をシミュレーションしつづけた。
そして彼の作品群には色んなかたちで「戦争」が登場する。


初期の短編『地には平和を』は、「8月15日に第二次世界大戦が終わらなかった世界」で生き延び続ける愛国少年兵の物語である。

その愛国少年は本土にて米兵から逃げ続けているが、結果逃げ場をうしなって自死を決断する。
そして、その直前に未来人と出会うわけだが、、その未来人とは正確には未来からきたわけではなく、「もう一つの世界」、
つまり「8月15日に終戦をむかえた世界」からの来訪者であり、時空警察をなりわいとする役人だった。
その時空警察は「終戦を迎えなかった君がいるこの世界は本来あってはならない歴史であり、歴史を一つにするためにこの戦争が続く世界線をリセットする。」と伝え、
その少年兵を「終戦をむかえた正史」へ呼び込もうとする。
ただ国のために戦い続けた少年兵は「この世界を手放せるものか」と激昂する。が、結果として大人しく「終戦をむかえた正史」(ぼくたちの歴史)側に来ることになり、「終戦しなかった歴史」は消去され、少年兵はその思い出を忘れてしまう。
数年後、少年兵は家族と共に出向いたどこかの平原で見覚えのある小汚い胸章を拾い、どこか懐かしくて禍々しい戦争の記憶がフラッシュバックする、という話だ。
胸章を拾ったことで少年兵が「経験していないはずの記憶をフラッシュバック」してしまうのが不思議で面白くて印象に残っている。
そして小松左京は、この作品上で8月15日に終戦しなかった日本を描きつつ、その歴史を「あってはならない歴史」だと訴えた。

また『地には平和を』とは対照的に「第二次世界大戦が起きなかった歴史」にとつぜん放り込まれた戦争経験者がひたすら「戦争はあった!」と
主張する(最後は精神病棟に隔離される)作品『戦争はなかった』もある。どちらも戦争が絡んだパラレルワールドが舞台の物語だ。

もしくは、ぼくがもっとも好きな作品『物体O』。日本本土に巨大な”指輪”が落ちてきて、日本が”指輪の外がわ/指輪の内がわ”の二つの世界に分断されたところから物語が始まる。
指輪の高さは深海から大気圏まであって電波も通らない。また、指輪そのものによって東京が下敷きになり消滅する。
主要都市を失った日本で、指輪の内がわと外がわ、それぞれが混乱の中でなんとか内政を整えていき結果的に生きていけるエコシステムが成立するが、、その途端に巨大な”指輪”は消えてしまう。
この作品はSFでも楽しめつつ、甚大な災害や戦争がおきたときに国民と政府にとってどのような振る舞いが最良であるかのシミュレーションとも受けとれる。

(ちなみにその指輪の正体は・・・どこかの老夫婦が床に落とした指輪が突然巨大化したものだった、気がする)


前後するが『日本沈没』も、小松左京なりの理想的な終戦をシミュレーションした「終戦論」だったとよく評されている。
日本が沈没していくなかで官僚がどう対処していくのか、そして日本という国土がなくなり日本人がディアスポアとして世界各国に散り散りになったときに
「日本」のアイデンティティはどこにあると言えるか、そんな疑問をぼくたちに突きつける作品だ。
そして敗戦後に「日本」は「日本」自身をどう成立させるべきだったのか?という反省、
高次元の存在として設けられた天皇制や国民主権のようなバーチャルな仕組みが何なのかを問いかける。
「そうじゃなかった歴史」やパラレルワールドが描かくことで、こちら側の正史を揺さぶっているのだ。

そんな彼のSF作品の執筆活動のルーツには、じっさいに彼自身が14歳で終戦を迎えたこと、
つまり終戦後に「日本」のアイデンティティがどう確立されてきたかを肌で感じ取ってきた、そんな経験がある。(とインタビューでも答えている。)
一つしかないぼくたちの歴史と国家を客観的にとらえるための手立てとしてのSFであり、パラレルワールドであり、「そうじゃなかった歴史」だったことが、
ぼくにとってはあまりにも新鮮すぎるSF体験だった。



2つ目は檜垣立哉『子供の哲学 生まれるものとしての身体』。

この本は、著者がデカルトの主張(「わたしは考えるものとしてある、だからわたしは存在してる」。
そして、「わたし」が存在できるのは言葉の上でしかなく、物質的な「身体」は不必要であるということ。)に対して、
両親から産まれたという身体性にもとづく事実を無視できるの?という問題提起から、
「存在」することと切っても切り離せない「生殖性」についての哲学が展開されている。
とにかく、ぼくにとってわかりやすかった当該の一節をいくつか引用する
(kindleでしかもってないため正確なページ数のデータ知らないしまともに引用しません)。

“生命と身体をもった「この私」とは、べつの「私」を産むものとして生きている。このこともまた疑いのない事実ではないか。そしてそうしたことは、男性であれ女性であれ、そしてトランス・ジェンダーであれ、子供を産まないひとであれ、同じであると主張することはできないだろうか。なぜならば、誰もが、どうしたところで産まれてきた存在であるよりほかはないのだから。誰かが妊娠しないと自分はいないのである。”

http://a.co/cyikawB

“西田(幾多郎:引用者注)が後期に描いている「行為的直観」とは、行為(なすこと)という身体の能動的な力と、直観(みること)という受動的なあり方とを、経験のなかでダイレクトにむすびつけたものである。そこでは身体の行為が論じられるのだが、それは意味を付与する身体の行為のことなどではない。西田が重視しているのは、まさにポイエシスとして、何かを制作する =生産する身体の行為のことなのである。 (引用者略...) さらに西田は、身体そのものは「作られたもの」であるととらえてもいる。”

http://a.co/1dhfrFb


誰しもが生物学的な生殖性にかぎらず”子ども”を産んできた
(ここでの”子ども”にはとうぜん実子にかぎらず、非人間的なもの、作品、文化も当てはまる)。
いまの「わたし」と「現実」が存在するのは、人や社会や環境が生殖性をもって遺伝をくりかえしたからである。
“何かを制作する=生産する”ことで「正史」が生まれる、ということは、その「正史」の裏側で「正史にならなかった歴史」も同時に生まれている。
そして、「正史」と「正史にならなかった歴史」を同列に並べることもできる。
この本の主張では、
まず、親がいたおかげで「子」は生まれるため「親」と「子」は非対称的な関係であり、「子」は産んでくれた「親」を時間的に超えることはできない。
しかし「子」が先に認識されたことで「親」が認識されたとき、形而上において時の流れを越えている
この点において、「親」と「子ども」は同列的であってもよくて、時間軸が逆転してもよいのではないかと提起している。
「そうじゃなかった歴史」があるから正史が存在しうる。どちらもが「親」「子」になり得たわけで、この両者には差異も序列もない。

表裏一体な関係だからこそ、たった一つしかないぼくたちの歴史をみつめるときに「そうじゃなかった歴史(観)」をもつことの重要性と妥当性がある。
ただ正確にいうと「正史/非正史」という二項ではなく、「正史」に対しその他大勢の生まれたなかった歴史たちが存在している。



ひるがえって「もしビートルズがいない世界にはどんな音楽が生まれていたのか?」という危うい命題を考えることは重要で時代性を踏まえてもタイムリーだと思う。
というか、まさに去年公開された映画である「ビートルズを知っている青年がビートルズのいない世界で成功する」ストーリーを描いた『イエスタデイ』は、
そんな危険なテーマに挑んだ”小松左京的な”SF作品だった。

もちろんビートルズがもたらしたあらゆる成果物(音楽性にかぎらず、”コンセプトアルバム”やウォールサウンドやシンガーソングライター信仰の発明)があることは
重々承知しているし、その恩恵をぼくらはモロに受けてるし、ビートルズがいたからこそ生まれた多くのミュージシャンと作品とオーディエンスの存在も大好きだけど、
ビートルズが存在しなかった世界では誰が・どんな文化が生まれてたのか、
ある種権威的だったビートルズ中心の主流の陰に押し込まれた系譜には音楽好きとして素直に興味がたえないしピックアップしていきたい。
さいごに、今思えばぼくのこの作品もそんな歴史観が詰まってたなぁと思った。
Baauer x Aj Tracy x Jae Stephens『3AM』remix
https://soundcloud.com/zoskin/3amm-bootleg